sayonarayouth

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区切り

 順番待ちの列や飲食店の隣の席から聞こえてくる他人の会話が好きだ。

 会話だけを頼りに関係性や思想なんかを探っていくのは楽しい。

 ずばりそれは盗み聞きと呼べる行為だろう。悪趣味? 知らね。

 

 近頃大流行りの、とある行列に並んでいた時のこと。

 真後ろについた大学生男女は、どうやら恋人同士ではないらしい。派手な服色をした女の子には彼氏がおり、金髪の男の子は19歳らしかった。

 男の子は、将来金持ちになるための作戦を夜通し友達と語り合ったことを自慢げに話す。「オレって普通になれない」「みんなに普通じゃないって言われる。多分そうなんだと思う。つるんでるヤツらみんな普通じゃないし」「お前はめっちゃ金持ちになるか貧乏になるかのどっちかだ、って言われたことある」なんてことを、恥ずかしげもなく隣の彼女に語る。大学のクラスにいる地味な同期たちのことを「芋」と呼び、軽蔑の言葉を並べる、即ち「オレはあいつらとは違う」。

 女の子は如何にもな返事をして、「ジャグジー付けて、スピーカーにこだわったシアタールームも作る」構想のある豪邸に住むようになったら遊びに行くね、だなんて言ったりする。

 そして極めつけ。彼は「芥川賞」の受賞を目指しているのだという。拙い説明で語り出されたあらすじは、「片親で育った主人公は亡くなった親の遺品整理をしている最中、遺書を見つける。その遺書は、大学受験に失敗した主人公の親がコインロッカーで主人公を拾い育てたこと、仕事ばかりで主人公の相手を充分にしてあげられなかったために、家を飛び出され成人を祝うこともできなかったが、そんな人生は存外悪くなかったと回顧するもので、それを読んで主人公は心が動く」みたいな内容で、タイトルはずばりそのまま〝存外〟らしい。

 ちなみに、後々芥川賞を受賞した彼が、この文章を訴えてきたら堪らないので、一部ぼかしました(笑)

「そんなオレが今夢中になって読んでいる本は」とカバンから取り出された書籍の著者は、メンタリストDaigo。

 

(笑)

 

 だけど、僕はこれを、笑い話で終わらせることはできない。彼が夢想するその将来や、曖昧な根拠から規定する自己のことを、一笑に付すことはできない。だからわざわざこうして、文章に書き残そうとしたりなんかしてしまうわけで、19歳の彼と、今年25歳になる僕を隔てるものはなんなのだろうと、大真面目に考えてしまう。むしろなんなら、僕は彼に負けていさえするのかもしれない。都会で学生生活を営む彼は今頃、そんな風に語ったその口で、彼女をベッドに誘った後かもしれない。いずれ本当に金持ちになって、人は顔や身長じゃないんだと自信を持てるようになるのかもしれない。金に群がる馬鹿を抱いて、それでも彼が満たされて幸せならば、グズグズと悩み続ける僕なんかよりもよっぽど、人生を上手にこなしていることになるのかもしれない。

 

 FAHRENHEIT 451

 

 お前に文学賞なんか獲られたくねぇよ。

 彼が「芋」と呼ぶ同級生の誰かはきっと、そう想っているに違いない。――いや、或いはそれは。

 

     ◇

 

 こんな僕を、あなたはどう想うだろう。とやかく理由をつけて「僕の〝夢〟こそは現実的で、努力を続ける価値がある 」のだと停滞し続ける僕に、あなたはなんと言うだろう。あなたがもし、僕に遺書を残してくれていたのなら……なんて、これは正直、上の文章と繋げたら面白いかもと思って何となくタイピングしてしまっただけで、実際思ってない。僕はおそらく、あなたに対してウエットすぎる。「大きなお姉さま方奮起しちゃうよ」なんて、笑い飛ばしてくれたらいい。

 迷い続けている。悩み続けている。正解はなくとも、何が最善なのか、ずっと探している。その旅路に、あなたがいてほしかった。これは、本当の気持ち。

 あなたの墓前で、手を合わせた。学生を終えてからの人生で、一番いてほしかったのは、やっぱり他の誰でもなく、あなただった。

「ひとつの区切りとして」誘ってもらったお墓参り。そもそも死は区切りだ。そしてその区切りに区切りをつけることは、人間の営みとして当然のことだ。

 でも僕はあえて、あえて言おう。返す言葉の意味が、もらった言葉と全く対応していないことなんて百も承知で、それでも、言おう。

 区切りなんてつかない。

 折り合いはつけない。

 死も、思春期も、青い春も、夢も、希望も、欲望も、過去も、悲哀も、

 折り合いはつけないまま、歩いていく。

 そうやってずっと、一緒に生きていきたいと、今は思う。