sayonarayouth

twitter @aokaji_soda

友人の結婚式に出席した。

 こちらの続きになります。

sayonarayouth.hatenablog.com

 

 先週末の日曜日、友人の結婚式に行ってきた。この儚き現世で、永遠を仮定しそれを誓うこと、やはり凄まじいことだと思う。僕は決して恋愛や婚姻を人生における至上のものだと思う人間ではないが、それでもその幸福を目の当たりにすれば、当然素晴らしいことなのだと思わされてしまう。端的に言うと泣きました。

 

 三連休は充実していて、土曜日は(上記とは別の)友人と共に、とあるアイドルのフリーライブに行ってきた。なんとその友人はそのアイドルに楽曲提供をし、全国流通デビューをしれっと果たしてしまった。彼もまた、愚直に夢を追う掛け替えのない友人の一人だ。新宿をぶらつきながら、いろんな話をした。頑張ろうと思えた。

 祝日の月曜日は、これまた別の友人たちとサーカスを観に行った。「これバットマン&ロビンで見たやつだ!」サーカスは初めてだったけれど、とにかく圧倒されてしまった。積極的に知らない文化に突っ込んでいきたいと思っている。何事も経験しなければ分からないと思うし、できれば本当は、そこに突っ込む際に「お金がない……」なんて足踏みはしたくないなと思う。なので舞台「るろうに剣心」の一等席も勢いで購入しました。お金がない……。

  大学の時の友人と銭湯に行った際の、「僕の中でお前のイメージはエヴァのカオルくんなんだから、ガリガリでいてくれないとイヤだ!」という言葉が意外とショックで、今もつき始めた腹の肉をつまみながら「(痩せる)時が来たね」と反芻している。希望は残っているよ、どんな時にもね……。

 以上、近況です。

 

     ◇

 

 結婚式で、個人的に言葉を贈った。

「是が非でも、生きる時間を、生き抜くよ。そして戦うよ。決して、負けぬ。負けぬ、とは、戦う、ということです。」

 坂口安吾、『不良少年とキリスト』の大好きな一節だ。文学の嗜みのある彼は三鷹に住んでいる。太宰治『葉』の「死のうと思っていた~」と迷ったけれど(「友人の結婚式に出席することになった。」参照)、人を選ぶ言葉だし、死という言葉は祝いの場に相応しくないと思い、やめた。『不良少年とキリスト』なら太宰に向けたという文脈もあり、相応しいだろうと思った次第である。

 彼と親しくなったきっかけは映画の話と文学の話ができたからだ。そういう要因が、人付き合いの中で結局一番重要だったりするのかもしれないと思う。芸が身を助けてくれたことは未だないが、身に付けたものは、社会で生きる上で直接何の役に立たなくとも、どこかしらで人を繋ぐのだと思っている。音楽や、小説や、映画、そんな話で、そんな話だけで、大好きになれる人たちがいる、それはとても素晴らしいことだと思う。きっと無駄なことなんてないんだと、思いたい。式で初めて会った彼の地元の旧友たちとも、映画の話で盛り上がって親しくなることができた。00年代から次第になくなっていった洋画劇場という文化の端っこでなんとか成長した僕は、彼らと話を合わせることができたのだ。プレデタースター・ウォーズでひとつになる〝男の子〟たち。どうしようもなく、愛おしいと思えた。

 

 すっかり秋の匂いがするようになってきました。未来は分からないけれど、たくさんの人たちからもらう〝着物〟を着込んで、次の季節までまた生きようと思います。