sayonarayouth

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『あの頃、君を追いかけた』の話。

 結婚式の話題を出したので、続けて人生ベスト級に好きな映画の話をしようと思う。

『あの頃、君を追いかけた』(原題:那些年,我們一起追的女孩、You Are the Apple of My Eye)、2011年の台湾映画。作家ギデンス・コーが監督として、自らの自伝的小説を映像化した作品だが、僕はこの映画が大好きだ。

 7年も前の映画だし、ネタバレ込みで綴っていくつもりだけれど、そもそも何故この話をしようと思い至ったか、あらかじめ簡潔に述べておく。

・要因1:好きなものの話をしたいから。

 そもそもこのブログは好きなものの話をするために立ち上げたブログであり、最初の記事が存外重い話になってしまったことは当初の想定とは外れている。本来の予定では、初回記事は漫画版貞本エヴァが好きだという話をするつもりだった。エヴァにしておいた方が文脈が生まれるのでよかったと思うのだけれど。(戦場ヶ原ひたぎ

・要因2:友人の結婚式に出席することになったからである。(前記事参照)

 物事には流れというものがある。

・要因3:とある映画の試写会で、この映画と共通するシチュエーションを観たからである。

 映画のタイトルはあえて伏せておくけれど、先日観たとある新作映画があまりにも酷く、同じシチュエーションで素晴らしい描写をした『あの頃』の傑作っぷりを再認識したからである。詳しく後述。

 

     ◇

 

『あの頃』は、主人公がヒロインと関わり出す高校時代から大学、社会人生活を時系列通り描き、ヒロインの結婚式で終幕となる110分の映画である。自伝的小説が原作であるだけに、普通のフィクションよりは〝人生〟成分が強い(これがもし、単にギデンス・コーの描写力に拠るものであるとしたら、純粋に才能だと思う)。上映時間の半分を使って描かれる高校生編以降、主人公とは別の大学に通うヒロインが画面に登場しなくなるため、大学~社会人編はテンポよく進んでいくが、それもまた、結婚式までの流れ(体感時間)の演出に一役買っている。高校生編が密に描かれるからこそ、「成長してしまった〝その後〟」がより印象付けられる。

 そして彼女の結婚式。ヒロインと結婚するのは主人公ではなく、彼は招待客として、高校時代の友人と卓を囲み、懐かしい話に花を咲かせる。式後、集合写真を撮影した同級生と新郎新婦たち。同級生の一人が、「ご祝儀も弾んだし、一度くらい僕らが恋した彼女にキスをさせてくれ」と言い出す。新郎は「彼女にどんな風にキスするのか確かめたいから、まずは私にしてみてくれ」と返す。狼狽える同級生の中、ノータイムで新郎にディープキスをする主人公。驚嘆から笑顔へ変わる新婦。そこから流れるように学生時代の回想。途中、二人を決定的に隔ててしまうことになる出来事のIfを挟み、主人公とヒロインの婚礼衣装姿でのキスシーン。Ifと回想の合間にカットインするキスはそれが実際に行われたかどうかを曖昧にしており、その塩梅がすごく良い。僕はこのラストシーンで完全にやられた。唸ってしまった。積み重ねられた〝人生〟の描写があるからこそ、一瞬だけ重なった日々があったからこそ、それぞれの人生へ別れていくことのどうしようもなさや哀愁が爆発する。

 

     ◇

 

「結婚式乱入/脱走」のような展開は、『卒業』の強いイメージがあるためか、時折パロディ的に使われることがあるように思う。しかし実際、似た展開を用いている具体例を訊ねられると、大元の『卒業』しか出てこなかったりする。だから「よくある」という言葉でその展開を語るのは間違いだろう。

 ――なのだけれど。(戦場ヶ原ひたぎ

 それをやってのけてしまった映画がある。件の新作邦画だ。

 ここで要因3のお話。

 

 僕は某シネコンのweb会員に登録している。そこでは資本力に物を言わせ結構な映画の試写会が毎月行われており、タップ一回で済むので、キャンペーンには余すことなく応募している次第である。三ヶ月に一回くらいは当選しており、これまで当選したのは『ボス・ベイビー』『ランペイジ巨獣大乱闘』、そして今回の映画だ。ボス・ベイビーなんかは、映画館で観る意欲はまずない作品だし、今回の映画もきっと、定額配信サービスにあったら見るかもしれない、くらいの距離にある作品だった。そういう、自分の興味外のものに(無料で)触れることができるのは、試写会応募の楽しいところである。

 今回観た映画、「漫画原作」という特徴的なカテゴライズができる作品なのだけれど、実は僕はそのジャンル映画が結構好きで、定額配信サービスにあるものは見たりしている。ただ、ひとつ補足しておかなければならないのは、その「好き」は結構歪で、つまるところ見せ物小屋の感覚で、常に一歩引いた目で「これは様々な業界の制約から生まれてしまった作品なのだ」「さて脚本はどう組み替えられただろう」「原作の持つエッセンスは……」という冷静さで鑑賞しているのだ。それは特に少女漫画原作に顕著で、テンプレートとも言えるような分かりやすい要素を、チェックリストのように確認しながら鑑賞している。売り出し始めの若い美男美女、売れ線のポップアーティストの主題歌、パリパリの作り物っぽい学生服……。

 漫画原作というものは様々な制約があるだろうが、一番のポイントは、決して短くはない連載漫画のストーリーを上手く換骨奪胎し、二時間の映画に落とし込む、というところであろう。少年向け、少女向けと共にいくつか観ているが、『バクマン』や『アオハライド』辺りは無難に楽しめる映画だと思うし、『るろうに剣心』や『暗殺教室』も原作のエッセンスをそれなりにしっかり汲み取っているのではないかと感じた覚えがある。「原作レイプ」という言葉が広く知られているように、常に漫画原作の実写化には危うさが潜んでいて、しかしそれがある故に僕は面白いと思っている。その点アメコミ映画ってすげぇよな。

 この度試写会で観た件の映画。高校時代の恋人が実は脳に異常を持ち、主人公と別れ手術をし成功したが、18年間の記憶が失われてしまったという展開で、主人公は突然やってきた別れを受け入れられないまま、彼女の所在も分からず社会人になる。地元を歩き彼女の面影を探していると、唐突に彼女を見つける。しかし彼女は主治医との結婚が決まっていた。高校時代の友人たちはインターネットを使って式の日取りと式場を見つけ、当日乗り込む。ご祝儀だと言って主人公とヒロインの想い出のアイテムを彼女に手渡すと、ヒロインは記憶が戻り、式場を抜け出す。同時間、一方の主人公は実家におり、「人生はリセット不可能だけれどリスタートはできる」とかなんとか言って駆け出し、両者道すがら再会。二人は幸せな抱擁をして終幕。西野カナが流れ出す。

 あまりの展開に全身が脱力し、僕は席から立つことができなかった。

 

『卒業』は、決してハッピーエンドとして描かれていない。普通、人様の結婚式に乗り込んで、他者の人生に干渉するなんて有り得ないことだ。いくらフィクションだって、その物語内の論理できちんと整合性が取られるべきである。件の新作映画、冒頭で「倫理じゃない」云々の台詞がまるで伏線のように意味深に配置されていたが、いや倫理だろう、と、この歳になると思ってしまう。果たしてターゲット層である現役中高生があれを見て、そういう違和をすっぽかして感動できるだろうか。フィクションにおいてまで「善/悪」が現実世界と同等のものである必要はないと思うし、それこそが物語の持つ可能性だと思うけれど、当然作中内での理由づけはされるべきだろう。キャラクターの扱い方、描き方含めあまりにも杜撰な部分が多すぎて、こんなものが大手を振るって製作されてしまうことに失望した。この件を友人に話したら「需要があるからこそ作られるんだよ(オブラート)」と返してくれたが、その〝需要〟が生まれてしまうような環境にはやっぱり虚しさや無念さを覚えざるを得ない。

 でもね、前半のコメディパートでめちゃくちゃ笑って、感動(を意図したであろう)パートで声上げて泣いてる子連れのオジサンもいてね、その感情のことまで否定しちゃうことは当然僕にもできなくて、僕の憤りは八方塞がりなんだよね。不毛。でもやっぱり、観客として想定している人たちのことを馬鹿にしすぎだと思うし、或いは、「そんな程度にまで落とされないといけない」と思われているのかも知れない場合、〝そんな程度〟の観客側にも求められるものはあるよな、って思う。この辺り、洋画の日本広告がダサい問題みたいなのとも繋がっているんじゃないのかな、なんて思う。

 

     ◇

 

「好きなものの話をする」と言っておきながら、憂いたり憤ったりの方が多い文章になったけれど、基本的に僕は大抵のことが大体許せないみたいな男なので、座右の銘インクレディブル・ハルクの「いつも怒ってる」です。まぁそんな冗談はさておき、大好きな『あの頃』の話に戻って、今回は締めるとしよう。

 失恋の物語は数多あるけれど、僕の好む形でドラマチックに描き切ってくれる作品は、そんなにないと思う。自身も歳を取り、「失恋」というものが学生時代の一時の話ではなく、成人し、社会人になり、といった、時間が経過した上でのものとしても捉えられるようになったことも関係していると思うけれど、『あの頃』はそういう自身の嗜好(?)に突き刺さってくるものだった。「失恋した勢いで訳もなくバイクで台湾二周する」といったような、台湾という土地柄も見える作りが日本人として新鮮で、面白かった。フィクションであるから、決してあれが台湾のリアルだとは言えないだろうけど、現実の学生たちはああいう空気感の中で生きていたりするのだろうと思うと、違う文化の学生時代に憧れたりもしてしまう。

 何より、「想い人の結婚式」のシチュエーションにおいて、誰も傷つけることなく最高の描写をし切ったことが、この映画を傑作たらしめている一番の要因だと僕は思う。誰も蹴落とさない、他者の選択を尊重しながら、自分の想いを伝える。それって恋愛においては結構難しかったりもするんじゃないかと思う。フィクションだと、他人を蹴落とす、誰かの選択に割り込むなんて手法が見られることもあるけれど(これ、偏見だったら訂正を乞いたいけれど、少女漫画で顕著?)、そういう方法を選ばずにカタルシスを得ることのできる描写には唸らされた。

 その他好きなポイント。ヒロイン役沈佳宜役のミシェル・チェンがすごく可愛くて、ひたすらに画面映えする。とにかく恋愛映画はヒロインのヒロイン力(ぢから)だ、というのはひとつの視点だと思うんだけれど、その点でも素晴らしい。全編に渡ってどうしようもない下ネタが繰り返されるけれど、かつて男の子だった身としては大なり小なり楽しめる部分があると思う。誰もいない線路をぽつぽつ歩きながら二人の距離を探り合う主人公とヒロインのシーンなんかも、静謐で見ごたえのある一場面だと思う。断然僕からの、オススメです。

 

 この映画の国内リメイクが、齋藤飛鳥主演で間もなく公開されるが、果たしてどういう塩梅になっているのでしょう。試写会当たるといいなぁ。